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日下部鳴鶴について解説  中本白洲

      2014/10/19

 

日下部 鳴鶴

(くさかべ めいかく、本名は東作

中林梧竹、巌谷一六と共に明治の

三筆と呼ばれる近代書道の

確立者の一人である。

特定の人物に師事はなく。

しかし20代の時には、

貫名菘翁の書に傾倒しており、

40代の時には、来日していた

楊守敬のもとで碑学、六朝書、

篆隷の研究を行っている。

その後は中国書法の研究をすすめ

六朝書道を基礎に独自の書風を確立し

多くの弟子を育て。

有名な揮毫の石碑に

津田永忠碑大久保公神道碑がある 。

下記参照ください

http://www.shodoukyoushitu.net/tudaeichuu_hakushuurinn.html

中国、特に六朝書の影響を受けた、力強い筆跡が特徴であり

それまでの和様から唐様に日本の書法の基準を作り変えた。

又数多くの弟子を育成、現在でも

彼の流派を受け継ぐ書道家は極めて多い。

揮毫した碑は全国に数多く見られる。

特に大久保公神道碑は鳴鶴の最高傑作といわれる。

1838年、彦根藩士・田中惣右衛門の次男として生まれ。1

859年、22歳の時に同じ彦根藩士・日下部三郎右衛門の養子となる。

鳴鶴は、天保九年に彦根藩士の子として生まれた。

父三郎衛門は、桜田門外の変、万延元年3月3日、

江戸城桜田門外で水戸17名・薩摩の浪士1名が

大老井伊直弼(いい・なおすけ)を殺害した事件。

に大老井伊直弼の供頭役(ともがしら)

に任じていて亡くなった。

鳴鶴自身も槍術の名手であった。

しかし1860年、藩主の井伊直弼が桜田門外で

暗殺されたため禄は大幅に減り生活は困窮したが

上京し書道に専念する決意をしている。

維新後、新政府が成立すると徴用され太政官に勤める。

内閣大書記官となるが当時仕えていた

大久保利通が紀尾井坂の変で暗殺された

ことを機に退官し書道に専念する。

特定の人物に師事してはいない。

しかし20代の時には、既に亡くなっていた

貫名菘翁の書に傾倒しており、

40代の時には、来日していた

楊守敬のもとで碑学、六朝書、

篆隷の研究を行っている。

その後は中国書法の研究をすすめ

六朝書道を基礎に独自の書風を確立し

多くの弟子を育てる。

また中国に渡航し碑文研究を深めると

同時に呉昌碩などの文人と交流し、

「東海の書聖」と称されたといわれている。

その一方で碑文の揮毫や雑誌の刊行、

名跡研究などに努めた。

1922年、85歳でその生涯を閉じる。

日下部鳴鶴は、楷書は鄭道昭、

草書は書譜、隷書は張遷碑などを

みずから熟し、人にもすすめて、

伝統の和様感覚とは別途の新感覚の

書風を確立して、

″鳴鶴流″として一世を風靡した。

特に鄭羲下碑や高貞碑をベースとした楷書は、

新興国家の意気軒昂の風潮にぴったりしたので、

建碑の文字としても盛んに持て囃された。

その最高傑作が、いまも東京の

青山墓地にある大久保公神道碑である。

楊守敬から日下部鳴鶴らに伝えられた

廻腕法は、懸腕法の一種で、四本指を前方にかける

四指斉頭(ししせいとうほう)法で、

これを鳴鶴は神田温恭堂製の

羊毫の超長鋒筆「長鋒快劔」、「一掃千軍」で

みごとに熟したから、

スケールの大きな書が生まれたのであった。

この建碑は勅命によって行われたもので、

伏見貞愛親王が篆額を題し、

本文は重野成齋が撰文、書は

大久保利通と縁が深く、当時、

第一人者といわれた

日下部鳴鶴に勅命が下ったのである。

鳴鶴は、それまでにも数多の碑を書いているが、

勅命かつ恩顧を被った

大久保公の神道碑であったから

加賀山中温泉の大倉財閥の

別荘を半年にわたって借りうけ、

斎戒沐浴して取り組んだ

新出の『学書骨髄』にみる日下部鳴鶴の書法論

http://libdspace.biwako.shiga-u.ac.jp/dspace/bitstream/10441/8178/1/jinbun59pp.60-.pdf

20-100

「縦せんと欲せば必ず先づ横せよ」、「横せ んと欲せば必ず先づ縦せよ」といったくだりは楊守敬から聞いた潘存の 説が基本にあり、筆鋒の摩擦感を重視した硬質の点画を志向する記述に なっている。

 

 

 

http://www.shodoukyoushitu.net/meikakukenngaku.html

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